やまなみ書房 発足に際して

昨今、専門化が極端に進み、専門家であってもひとつ隣の分野でどのような研究が行われているか分からない、という状況が多く見られるようになりました。このような分野間の障壁を少しでも低くするには協働が欠かせません。

協働として典型的なのは共同研究ですが、研究成果として残される論文の多くは賞味期限が短く、すぐに陳腐化してしまいがちです。

やまなみ書房では、情報としての論文のアウトプットではなく、モノとしての本に注目します。様々な人々、研究者に留まらず世の中で活動されている様々な職業の方と共にモノを作ることで、単に情報を複数人で捌くことと全く異なった人と人との結びつきが生まれると、信じております。


その製作過程は、少数の当事者だけで閉じて行うのではなく、散発的にイベントという形である程度不特定多数の方々との交流を伴った方がよいと考えております。なぜなら、少数当事者だけで行えば、新たな閉鎖的な分野が生成されるのがおちであるからです。

「学際」「異分野統合」「学術俯瞰」といった言葉があまりに陳腐化した現在、複数の分野を表層的に結びつけるだけでは何も得るものがないということは、誰しも感覚的に分かっていることです。一方で、いわゆるたこつぼ化を抑制する試みは必要であるということもみな思うところであり、それゆえに資金獲得や派手なパフォーマンスを行う材料として、「学際」等のバズワードは無力だと分かっていながら未だに利用されています。

やまなみ書房は、この手のバズワードから距離を置き、特に学術コミュニティーの閉鎖性を低減するための実験的試みを行っていきます。


閉鎖性を低減するには、人と人との関わり方、その関係のありように対して、充分な再検討を要します。ただ表層的に抱き合わせてもうまくいきません。

ひとつの試みとして、やまなみ書房では特に、学術研究とは縁が遠いとされてきた方々との関わりに注目します。これは近来流行している「サイエンスコミュニケーション」と通ずるところがあるように一見感じられますが、そもそもサイエンスというものは人と人との関わりによって成立するものであって、「サイエンス」にあえて「コミュニケーション」という言葉を付加すること自体に、サイエンスに対する誤解を孕んでいます。また「サイエンスコミュニケーション」でいうところの「コミュニケーション」は、多くの場合人と人との関わりを指すものではなく、実質的には有識者の意見をふやかして非有識者に供与することを指しており、このバズワードの流行はサイエンスに対してますます誤解に誤解を生む結果を生じかねません。

やまなみ書房は、出版やイベントを通して、人と人との関わり方について繰り返し問題提起していきます。